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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)39号 判決 1957年3月19日

原告 富士紡績株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告及び原告訴訟代理人は本件口頭弁論期日に出頭しなかつたがその提出に係る訴状によれば、その請求の趣旨は、「特許庁が同庁昭和二十九年抗告審判第四六八号事件につき、昭和三十一年八月二十五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めるにあり、又その請求原因は、

一、原告は「富士龍」の文字を縦書して成る商標につき、第三十一類木綿織物を指定商品として昭和二十八年六月十七日に特許庁に登録出願をしたところ、昭和二十九年二月二十日附で拒絶査定を受けたので抗告審判の請求をし、同事件は特許庁昭和二十九年抗告審判第四六八号事件として審理された上、昭和三十一年八月二十五日に右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされ、その審決書謄本は同年九月十三日原告に送達された。

審決の理由の要旨は、本願商標は「富士」と「龍」の二つの関連性のない観念の結合より成り原拒絶査定に於て拒絶の理由に引用した登録第四〇九七九号商標も同様に「富士」と「金龍」の二つの観念より成り、右「金龍」に於ける「金」の文字は「銀」「白」「赤」等の文字と共に商品の等級を表す為に商標中に普通に使用されるところであり、「龍」の観念に特別の意味を加えるものではないから、引用商標も又「富士」と「龍」の観念の結合より成るものと言うことができる、従つて両商標はその外観及び称呼に於て異るところがあるとしても、「富士」と「龍」の観念を共通にし観念に於て類似するから互に類似する商標であり、その指定商品も互に抵触することが明らかである、と言うにある。

二、然しながら審決の判断は次の理由により不当である。即ち、

(1)、わが国に於ては「富士」「龍」等の文字は好んで商品の標章として使用され、その結果世人は之等の文字に馴致され、その変化例えば「富士」と「銀富士」、「龍」に対する「金龍」のようなものを敏感に識別するのである。従つて「銀」或は「金」の文字の附加により異つた観念を生じ、「富士」と「銀富士」、「龍」と「金龍」を混同するようなことはない。然るに審決が右のような特殊事情を勘案することなく、「金」の文字は「銀」その他の文字と共に商品の等級をあらわす為に普通に使用されるところであるとして引用商標と本願商標とが観念上類似しているとしたのは誤つている。

(2)、商標の類否の判断は商標自体の外、取引の実状等諸般の事情を参酌して行うのを相当とする。本願商標「富士龍」は原告が大正初年から使用する「富士と龍」の組合せの図形の標章の称呼(銘柄)として取引社会にあまねく熟知せられ、綿布の取引に当つて「富士龍五〇五〇番」と言えば原告の当該綿布を指称するものであることは取引社会の常識であり、引用商標「富士金龍」と彼此混同誤認を生じた事実はなく、将来もその恐れはない。本願商標はその取引の実際を認識すれば当然引用商標と称呼観念に於ては勿論観念上でも異別のものとせざるを得ないのに、審決は両商標の類否の判断を商標自体のみによつてし、永年にわたる取引の実状を顧みずに両者が観念上類似しているとしたのは誤つている。

(3)、原告が本件商標登録出願事件につき特許庁に提出した全証拠を通覧すれば本願商標は原告が永年に亘つて綿布類に使用した「富士と龍」の図形に対する取引界の称呼であり、原告の綿布の銘柄として著名であることが明らかであるのに、審決は之等証拠につき、その甲第一、二及び八号証として提出されたものは私人の任意発行に係るものであり、甲第三乃至第七号証として提出されたものは本願商標と異る商標に関するものであり、甲第九乃至第二十号証として提出されたものは業界新聞織物相場表に於ける銘柄を記載したものであり、甲第二十一号証として提出されたものは他の事件の抗告審判の審決であつて本件商標登録出願事件と無関係であるとして、前記立証の趣旨を否認しているが、右審決の説くところは各証拠の関連性を無視し、当然常識的に推定し得る事実を看過した審理不尽の不当のものである。

(4)、現代の一般商品市場で「金」の文字が審決の言うように商品の等級を表わす為に商標中に普通使用されている事実はない。殊に本願商標の指定商品たる木綿織物類に於ては「金」の文字を等級の表現に使用した事実はない。審決は市場の実際を無視し実験則に反したものである。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と言うにある。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

同二の主張は之を争う。即ち、

(1)、取引所における取引は商標法に言う取引者及び需要者中の極めて特殊な専門業者間に行われるものであつて、その取引に使用される銘柄は之等専門業者間だけの約束とも見られる符牒的用語である。然るに商標はこのような銘柄と異り、之等専門業者のみならず、一般の取引者需要者をも対象とする取引上の標識であるから、一般の購買者が店頭に於て「富士龍」なる商標を附した商品と、「富士金龍」の商標を附した商品とを誤認混淆する恐れがないと断定することはできない。従つて特殊の専門業者間に於て本願商標と引用商標とが誤認混同されることがないとしても直に原告の主張するように両商標が商標法上類似していないものとすべきではない。

(2)、原告が本件商標登録出願事件につき特許庁に提出した証拠は、本願商標が現実に商品木綿織物に使用されて極めて顕著であると言うことの証拠とはならず、又現に存在する引用商標「富士金龍」と類似しないことを証するに足るものでもなく、従つて審決には右証拠に対する判断に於て何等原告主張のような審理不尽の点が存しない。

(3)、色彩を以て商品の等級を表示することは普通に行われている顕著な事実であり、殊に「金」の文字が高級品を表示する為に使用されていることは商品ウイスキー、テグス等の実例によつても明らかであり、本願商標の指定商品についても同様であることは既登録例(乙第二号証の一、二、三)に徴し明らかであるから、右に反する原告の主張は根拠のないものである。

之を要するに本願商標と引用商標とは共に「富士」と「龍」の二つの観念の結合より成るものであつて、仮令両者間に「龍」と「金龍」との相違点があるとしても、両者は夫々一連に縦書されたものであり、「金」の文字の有無はその外観及び称呼に於て微差を生ずるとしても、観念上極めて相紛わしく、離隔的には両者は殆ど区別し難く、取引上混淆誤認を生ずる恐れがあり、右と異る主張に基き審決の取消を求める原告の請求は失当である。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

当裁判所の真正に成立したものと認める乙第一号証によれば審決の引用する登録第四〇九七九号商標は「富士金龍」の文字を普通の草書体風で縦書にして構成されており、その指定商品は第三十一類木綿織物であり、明治四十三年五月六日登録され、昭和四年八月三十一日及び昭和二十四年十月四日に更新登録されたものであることが認められ、右認定を覆えすに足る資料は存しない。

よつて両商標の類否につき審案するに、両商標の構成に徴し本願商標は「富士」と「龍」の二つの観念より成り、又引用商標は「富士」と「金龍」との二つの観念より成るものであつて、両者間に「龍」と「金龍」との差異、即ち「金」の文字の有無の差があることが明らかであるところ、「金」の文字は「銀」その他色彩を表わす文字と共に商品の等級をあらわす為に商標中に普通に使用されていることは当裁判所に顕著なところであり、通常の場合にこのような「金」の文字が「龍」の観念に特異の意味を加えるものとは認め難いから、引用商標における「金」の文字も又通例に従い指定商品の等級を示したものと解する外なく、従つて「金龍」も又観念的には「龍」と異質のものではなく、引用商標も又「富士」と「龍」の二つの観念より成るものと認めざるを得ない。然らば両商標はその観念が共に「富士」及び「龍」であると言う点で観念上互に類似しているものと言うべく、本件にあらわれたすべての資料によつても原告主張のように本願商標における「金」の文字が商品の等級の表示でなく、取引社会に於て「富士龍」なる銘柄が原告の製品を表示するものとして業者間に熟知せられ引用商標と混同誤認を来す恐れのない実情にあることを認定するに足りない。

然らば両商標の指定商品が共に第三十一類木綿織物であり、且以上認定したところにより明らかな通り、本件商標登録出願前に引用商標の登録が存在していた以上、本願商標は商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は許されないものと言うべく、審決が以上と同趣旨の理由の下に本件商標登録出願を排斥したのは相当であつて、原告の請求は理由のないものであるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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